酸化ルテニウムは本当に第三の磁性体か?〜素粒子ミュオンと第一原理計算で挑む「悪魔の証明」~

投稿者: | 2024年6月27日

本研究成果のストーリー

  • Question
    鉄やニッケルなど磁石に引き寄せられる金属は「強磁性体」と呼ばれます。この性質は金属原子が持つ電子のスピンが同じ向きにそろうことで現れますが、最近、スピンのそろう向きが互い違いに反対である「反強磁性体」なのに、ある種の電磁気特性が強磁性体と同じになる特別なものがあると予想されています。この予想通りなら、従来の理論では説明できない「第三の磁性体」が存在し、周辺の磁場の影響を受けず安定に動作する好都合な性質を持つ次世代の磁気デバイスの開発につながります。酸化ルテニウム(RuO2)が候補物質の一つになっていますが、先行研究ではこの性質の証拠が不十分で、別の実験手法による再確認が望まれていました。
  • Findings
    不純物や格子欠陥が極めて少ない高純度な酸化ルテニウム試料を用い、磁気特性に敏感な素粒子ミュオンを使って改めて調べました。その結果、先行研究で報告された好都合な性質が存在する可能性が限りなく低いことを、第一原理計算との組み合わせによって明らかにしました。
  • Meaning
    酸化ルテニウムはすでに磁気デバイスへの応用を目指した研究が進んでいます。しかし今回、その性質の存在に否定的な結果が得られたことから、応用研究だけでなく、電子状態の基本的な理解について再検討の必要があります。

概要 

 普通の金属は磁石に引き寄せられず、「常磁性体」と呼ばれます。常磁性体の内部では、金属の原子が持つ電子のスピンと呼ばれる性質がてんでばらばらの方向を向いています。一方、鉄やニッケルなどは磁石に引き寄せられ、「強磁性体」と呼ばれます。強磁性体の性質はスピンが同じ向きにそろうことで現れ、モーターやハードディスクなどさまざまな応用があります。さらに、電子のスピンがそろうものの、そろう向きが互い違いに反対のものがあり、「反強磁性体」と呼ばれています。反強磁性体は磁石に引き寄せられないので、外から見ると常磁性体と区別がつきません。

 金属はこれまで、この枠組みで分類されてきましたが、最近、反強磁性体の中に奇妙な性質を示すものがあると予想されています。反強磁性体なのでスピンのそろう向きは互い違いに反対なのに、強磁性体の特徴も持つという変わり種です。この変わり種が持つ性質を「交代磁性」と呼んでいます。交代磁性体は「第三の磁性体金属」と呼ばれることもあります。

 交代磁性には、有用な性質が期待されます。強磁性体の特徴を持つので、ハードディスクのような磁気デバイスに応用できる一方で、周辺に磁場があってもその影響を受けません。ハードディスクや磁気カードに磁石を置くと磁気記録が消える可能性がありますが、そういうことは起きず、安定に動作できるのです。

 酸化ルテニウムはそうした交代磁性を持つ金属の候補です。これまでは金属が持つ電子のスピンがばらばらでそろうことがなく、磁性を示さない通常の金属とされていました。しかし2017年に非常に微弱ながらもスピンが互い違いに逆向きにそろう反強磁性磁気秩序を示す可能性が報告されたことをきっかけに、交代磁性体の有力候補として盛んに研究されるようになりました。最近では交代磁性体で予想される物性や、その前提となる反強磁性的な磁気秩序の存在を支持する報告が相次いでいる中で、我々は磁気敏感な素粒子ミュオンを用いてその磁気特性を調べ直しました。

 その結果、反強磁性秩序が存在する可能性が極めて低いこと、すなわち酸化ルテニウムは従来知られている通りの常磁性金属であることを明らかにしました。これは今後の応用だけでなく、基本的な電子状態に関する理解を再検討する必要があることを意味しています。本研究は米国科学誌「Physical Review Letters」の注目論文 (Editors’ Suggestion) に選ばれました。

 なお、ミュオン実験 (µSR)は大強度陽子加速器施設 (J-PARC) 物質・生命科学実験施設 (MLF) のミュオン科学実験施設 (MUSE) S1実験装置(ARTEMIS)にて、超純良試料を用いて行われました。

詳細

第一原理計算で得られた酸化ルテニウム中でのミュオンの最安定構造。黄色で示した酸素とおよそ0.1 nmの結合を作って安定化することが分かりました。

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